2019年10月08日 猫背を直す
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ネット上での評価がまちまちなのが少し気になった。説明がすべて英語かヘブライ語?であり、確かに手探りで使用するしか手がないのには困惑した。イラストが専門アプリに出てくるので何とか使用できた。粘着性のある面を首の後ろ、肩甲骨の間に貼付ける。首が折れ少しでも猫背になると、途端にブーブーと振動が起こる。その度に背を伸ばし、胸を張るのである。 歩く、デスクで執務する、パソコンで作業する、いたる時にブーブーとやられる。その度にしゃんとする。その繰り返しである。今日など設定ミスなのか、5cmぐらいでも前かがみなるとブーブーとする感じだ。疲れはするものの意識付けするという点では効果は絶大だ。使用し慣れてくると、装置をつけなくても自然と猫背を意識することになるらしい。そうなったら装置は必要なくなるというのだから面白い発明であることは間違いない。もう少し頑張ってみるつもりだ。 |
2019年09月30日 生活文化の伝承
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私が気になったのは参列した男性陣の服装である。主に弊社の社員のことだが、平服や上着なしの者がいて呆れてしまった。日本の生活文化には、「ハレ」と「ケ」と言い非日常と日常を峻別する考えがある。「ハレ」の日に着るのが晴れ着である。この使い方を誤ると日常のリズムが崩れるばかりか、礼を失することになる。私の経験からすれば、ご年配の人に可愛がられるには礼を尽くし敬語を使うことである。 このように生活文化が失われた背景には、核家族化、住居の洋式化、都市化がある。住空間が激変する中で、指導してくれる老人は身近におらず生活文化を伝承する場もなくなった。せめて会社の中だけでも必要不可欠な礼儀の有り様を伝えていかなければならないと強く思った。 |
2019年09月18日 子規から漱石への祝婚歌
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そうした一日、中国最古の詩集である「詩経」を読んでいた時、「桃夭(とうよう)」という詩に出会った。嫁に行こうとする若い娘を祝する歌だが、その最終節は次のようになっている。 この詩に出会って初めて子規の句の謎が解けた。子規は「詩経」にも興味を範囲を広げ、「桃夭」の詩を下敷きにして冒頭の祝婚句を得たに違いないのである。子規は漱石が鏡子さんというベストパートナーを得たことを心から祝したかったのである。学識のあった漱石もまた一瞬にして「詩経」の一節を思い描いたのだろう。 |