2018年09月26日 豪潮さんの辞世の句
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身近な人を亡くすのは悲しいことであるが、豪潮さんの辞世の句を思うと心から慰められる。死とは将来必ず自分の身に起こることだが、その時は同じ心境に立ちたいと思っている。 |
2018年09月18日 第410回御能組
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この祭りでは、地元の人にあまり知られていない奉納能が段山御旅所(だにやまおたびしょ)能楽堂であった。藤崎八幡宮の神様に奉納する能であり、人間はついでにご相伴に預かるのである。加藤清正の時代から始まり、今日まで400年を超える歴史は郷土の誇りでもある。 「御能組」という呼び方からして、能役者が祭りに参加している感覚がある。その「御能組」の今年の演目は、「翁」「高砂」「田村」「舟船」「半蔀(はしとみ)」「竹生島(ちくぶじま)」と豪華多彩。はしたないがこれらが無料で見られるのである。かくいう私もすべての演目を通して見たのは初めてであり、改めて各演者の磨かれた技にいたく感動した。 |
2018年09月10日 北海道地震と方丈記
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そこで天災を随筆にしたことで知られる鴨長明の「方丈記」を改めて読んでみた。冒頭から、京を襲った火災、つむじ風、飢饉、地震、そして平清盛の福原遷都という人為的な災難まで一気呵成に書いてある。飢饉では京の都の半分で死者を数えたら四万人を超えたとあるぐらいだから、その悲惨さは半端でなものではなかったはずである。まさに、日本列島は天災を宿命づけられた風土なのだろう。 世界の大河としては、黄河、インダス川、チグリス・ユーフラティス川、ナイル川、ミシシッピー川、アマゾン川があり、前の四つの大河ではいわゆる4大文明が花開いたが、後の二つの大河では文明が生まれなかったと歴史学者トインビーは言っている。文明を生んだ四大河では氾濫があり、二大河では氾濫がなかったのである。だとすれば、天災と無縁ではない日本という国は、天災を乗り越えて来た歴史の中で、強靭な生き残りの知恵を育んで来たと言えるのではなかろうか。素晴らしい文化も一緒に。 |