芭蕉林通信(ブログ)

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2021年11月30日 ぎこちない観劇

 県内の新型コロナ感染者ゼロが続くのを奇貨として、2年ぶりに博多へ日帰り旅行したのは劇団四季のミュージカル「キャッツ」を観るためである。熊本駅に行くのも九州新幹線に乗るのも2年ぶりだったので、見るものすべてが興味深かった。ただ博多駅に着いて驚いたのは、駅前にあった旧福岡シティ銀行本店ビルが再開発のために跡形もなく取り壊されていたことだ。大学の友人が同行の副頭取をしていた関係もあり、数回役員フロアにまで足を踏み入れ、現代アートの素晴らしいコレクションなどを見せてもらったことがあったからである。

 劇団四季が新型コロナ感染の拡大により活動を大幅に削減され経営危機にまで追い詰められた経緯は、NHKの特別番組で知っていた。それだけに、ミュージカル「キャッツ」の上演は、劇団員や観客双方にとって待ちに待ったものであった。

 劇場内ではマスク着用は当然として会話もしないように係員から注意があり、何か見えない緊張感といったものが漂っていた。上演自体は期待に違わない素晴らしいものであったが、見せ場での観客の拍手は遠慮がちで終始ぎこちなかった。しかし上演が終了した瞬間、観客はそれまでの憂さを晴らすかのように一転してスタンディングオベーションで出演者を称えたのである。カーテンコールは4回に及び、劇団員の一人一人のはじける笑顔に私も思わず涙ぐんだ。雌伏2年、どういう気持ちで劇団員は今日を迎えたのであろうか。くじける気持ちを強く持ち続けることは決して容易なことではなかっただろう。新型コロナ感染の終息をがいまだ見えない状況下にあって、演劇文化を始めとして日本のさまざま文化をこれからも残していくには、自分たちに何ができるか自問自答する機会にもなった。

2021年11月22日 ヘアースタイル

 写真はやけぽっくいで作った人形である。作者が言うには釘が絶妙の場所にあったのでそのまま残したそうである。タイトルは唄う青年だが面白い点は他にもある。髪の毛がイガグリなのである。従って、古くなると色褪せてくるのでときどき変えてやらなくてはならない。

 そこで先日郊外にドライブしたついでにやっと形の良いイガグリを見つけて拾うことができた。さっそく私設美容院を開設してヘアースタイルの変更を行った。柔肌に食い込むイガに苦戦しながらも、やっととんがった頭にイガグリを鎮座させることに成功した。

 ふさふさした髪の毛に枯れ葉が一枚引っ付いているのは愛嬌である。来年には青いイガグリを頭に付けてやれば、ヘアカラーしたようで印象が変わるかもしれない。それにしても、私の薄毛もこうして簡単に増毛できればありがたいのだがとふと思ってしまった。

2021年11月17日 鹿児島本線沿いに育って

 祖父母の隠居宅を増築して家族6人が合流したのは私が中学2年の時である。それまでは1階が仕事場、2階が自宅という店舗併用住宅に住んでいたので、さすがに手狭になったのである。新しい住まいは鹿児島本線とは近接した家だったので、引っ越し後のしばらくは列車が通るたびにその騒音と振動に驚かされた。しかし、住めば都というとおり、いつの間にか音と振動にも慣れたのである。

 昨日の朝、冬の冷気を感じながら朝刊を取りにいくと、九州新幹線の列車の音が遠くに聞こえた。500m以上は離れているのでちょっとは驚いた。冬の澄んだ空気と街が未だ目を覚ましていない隙間の時間だったのだろう。そして上記のごとく昔の家の記憶が目覚めたのである。

 新幹線は高架なので長年親しんできた踏切がいくつもなくなり、通行するには便利になった。しかし、人間のサガとして懐かしいものは又忘れ難いものでもある。今となっては、なくなった踏切の佇まいや景色を写真に撮り損なったことが悔やまれる。そして、貨物列車の迫力ある通過シーンがただ一枚の写真として残った。今でも市電や踏切の信号の音にノスタルジアを感じるのは、そうした過去体験があるからだろう。

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