2020年06月18日 ドゴン族のはしご
フランス旅行最後の一日は自由行動だったので、パリ市内の文化の香りが強い地区に行くことにした。できれば蚤の市があれば覗きたいところであったが、そのような僥倖がある訳もなく、地下鉄を経由して、街の一角をぶらぶらと歩いた。しかし、そこにはサルトルとボーボワールが会っていたというカフェがあり、通りに沿ってはおしゃれな店舗が点在していた。 ピカソがアフリカのプリミティブ・アートに芸術性と原始のエネルギーを感じ、影響を受けたことはよく知られている。フランスにとっては多くの植民地をもっていたアフリカは身近な存在でもあったのだ。そのためか街にはアフリカンアートを扱う店が多くあった。そしてその世界では有名な一軒を偶然に見つけ喜び勇んで入った。果たして密かに欲しいと思っていたアフリカのはしごを発見したが、時間切れで交渉は不調。涙ながらに帰国した。 ところが、約10年後の先月、幸いにもネットでアフリカのミニチュアはしごを購入することができた。本物が大きいのは当たり前だが、ミニチュアはしごは先祖の祭祀用に作ったものであるから、とても小さいが決して偽物ではない。部屋に置くにはちょうど良い大きさなのである(長さ15〜20cmぐらい)。詳しく調べたところでは、マリ共和国のドゴン族が祭壇にきびのお粥椀を置き、それに立てかけていたはしごとか。はしごを使って天国と地上を行き来するという意味があるのだろう。はしごだからと言うわけではないが、念願の物を手に入れてほんの少し天にも昇る気持ちなのである。
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2020年06月09日 ワシントンの一日
ワシントンでの人種差別デモのニュースを見て、40年前にワシントンを訪れた思い出がよみがえった。ロサンゼルスからニュヨークに行き、ニューヨークから首都ワシントンへはシャトル便という飛行機に乗った。シャトル便は多い乗客のために予約は不要、早いもの順に搭乗するという方式で、日本にはない搭乗方法にいたく感心した。ワシントン訪問の第一の目的は日本大使館の某氏を訪ねてアメリカ事情を聞くことにあった。そして、ついでに機中の機内誌で見つけたオリジナルのオルゴール店を訪ねたのである。 なにしろおよそ2週間の一人旅は緊張の連続で、英語のつたなさを痛感させられぱなしであった。ワシントンでは大使館に赴く前にオルゴール店に行ったが、ホワイトハウスのすぐ近くまで黒人街が広がっている印象で、赤信号で止まるたびに黒人から話掛けられ、意味もなく怖くなったことを思い出す。苦労しながら見つけたオルゴール店は二重の扉でガードされており、わざわざ来たのだからと勇気を奮って入店した。そして思い出にと買ったのがこの可愛い一点である。 メリーゴランドの子供はいつしか一人欠け、三頭の馬、二人の子供が「スピニング・ホイール」の曲で今でも楽しげに回ってくれる。先日は初めてオルゴールを解体して修理した。おかげで、オルゴールは40年前を思い出させながら、素朴なメロデイーを奏でしばし私を癒してくれるのである。
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2020年06月03日 巣ごもり読書
家にいる時間が増えて読書する時間が増えた。これまで読まないままに積み上げた本が重荷だったが、それが宝の山に変わった。かつて映画を見て感動したパステルナーク著「ドクトル・ジバゴ」、ダンテの「神曲」、ゲーテの「ファスト」などの古典をやっと読むことができた。「神曲」を読んで、今から約2千年前のローマの詩人ウェリギリウスを知り、今その詩集「牧歌」を読み始めている。 そうした時に娘から薦められた本が、昨年アメリカで500万部を超えるベストセラーになったという「ザリガニの鳴くところ」である。読んでいるうちに主人公の女性「カイヤ」が愛おしくなり、感情移入したまま昨夜1時過ぎまで読んで衝撃的な結末に唖然とさせられた。なるほど全米で読まれたはずだと思った。その本の一節が記憶に残った。
「本物の男とは、恥ずかしがらずに涙を見せ、詩を心で味わい、オペラを魂で感じ、必要なときには女性を守る行動ができる者を言うのだ。」 積み上げた本の中から取り上げた本の一冊に「イギリス名詩選」がある。かつてイギリスの国民的詩人ワーズワースの住む湖水地帯に行き、本人の住んでいた家にまで行ったので懐かしかったこともある。その本で取り上げられているヴィクトリア朝の詩人マシュー・アーノルドの詩「ドーヴァー海岸」の一節はこうである。
「われわれは、今、夜陰に乗じて激突する無知の軍勢があげる、闘争と潰走の阿鼻叫喚の声に呑まれ、なすすべもなく、暮れなずむ荒野に佇んでいるのだ・・・・・。」
コロナの感染に怯える人類、無知無責任なリーダーに翻弄される不幸、に涙流す人があまたある現代社会を思い起こさせる詩と思った。確かに良い詩には、時空を超えた伝播力がある。
(写真は、英国湖水地帯にあるワーズワースの家)
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