芭蕉林通信(ブログ)

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2022年07月07日 どういう訳か

 流木、石、貝、シーグラス、瓦、陶片あるいはレンガ片、落ち葉あるいは花びら、虫の死骸(例えば玉虫)、砂、鳥の巣、ハチの巣、空き缶、ウキ、これらの共通点は私の拾ってくる物たちである。どういう訳か、どこそこに落ちている物を拾い集めることが趣味の一つになっている。例えば、レンガ片や変わった形のウキは五島列島で拾った。砂はエジプトの砂漠と中国のゴビ砂漠の2種類がそろった。石にいたっては数多く拾っているが、それらをロックバランシングと言い、不安定に積み上げて遊んでいる。こうして書いていると、意外と拾っていないのは現金かも知れない。一度、ゴルフ場で千円札を拾ったことがあるぐらいだ。

 自然の物は造化の妙とでも呼べる色や形の美しさに惹かれる。人工の物にはその物に宿る歴史や作り手の思いが想像できる。人に歴史があるように物にも歴史がある。海辺で拾うシーグラスは、波や岩、石、砂に砕かれ洗われた結果曇りガラスになっていて長い年月を感じさせる。しかも物自体が優しく柔らかく美しい。貝は貝で、種類によってさまざまな形と色を見せてくれる。

 そうした物の中で、選りすぐった物を身辺に置き眺めることが多くなった。遠くに旅行ができない分だけ、拾ひ集めた物を眺めていると、かつて訪れた場所がまざまざと脳裏に浮かび上がってくる。ただ一つ問題があるとすれば、それらの物への愛着が強いだけに断捨離などは断然できず、ただ物が溜まっていくばかりということである。すぐに使える現金でないのが残念だが、趣味だからしょうがないと今日もあちこち拾える物を探している。

2022年06月27日 個人レッスン

 最初から妄想めいた話だが、個人レッスンと言うとなんだか淫靡(いんび)で秘密めいた感じがするのは私だけだろうか。きっと若い時に見たフランスかアメリカ映画のラブロマンスの影響があるに違いない。と言うことで今日は個人レッスンのお話。

 自分自身が先生役になったのは大学2年生の時のただ一度、小6の女の子に受験勉強を教えた。そして見事に第一志望の中学校を滑らさせた。私の教え方が下手だったのだ。社会人になってから講演や研修への参加は数限りなくあるが、個人レッスンを受けた経験は4回と少ない。1度目は40代の頃、カナダ人男性に会社に来てもらい英会話のレッスンを受けた。英会話を40分ほどするとクタクタになった。英語は単なるツール、会話はコンテンツと嘯(うそぶ)いていたものの、いかんせんツールの方が錆びついていた。2度目は50代に受けた「コーチング」の勉強。理論と実践を学んだが、実社会で活かすほどには頭が柔軟でなかった。3度目は日本の伝統芸能である能の舞と謡のレッスンである。本能寺の変で命を落とした織田信長が舞ったのは幸若舞だが、そのカッコよさに憧れて能を始めた。それから約1年半後に新型コロナの感染が拡大、一挙に熱が冷めた。私にとっては舞と謡の練習はとてつもなく難しかった。先生ごめんなさい。

 4度目の正直という言葉はないが、最近始めたのがパーソナル・トレーナーの指導による筋トレである。いきつけのフィットネスクラブの閉鎖が続き、やむに已まれず始めた。ウェイトをかけたスクワットやベンチプレスに挑戦しているが、インストラクターの巧みな指導で着実に筋肉量が増えている。そんな時にいきつけのフィットネスクラブが再開するとの連絡。しかしせっかく始めた個人レッスンなので、フィットネスとの共存の道を探ろうと思っている。

2022年06月20日 人吉・球磨の復興

 先週球磨川の氾濫からの復興を図りつつある人吉を訪ねた。氾濫直後の惨状は目にしていたが、その後2年が経ち、馴染みの旅館や店が再建されたと聞いたので自分の目で確かめに行ったのである。人吉へは九州自動車道を通り約1時間半。あいにくの梅雨入りで球磨川の増水を気にしながらも人吉には昼過ぎに到着。さっそく腹ごしらえのために有名なうなぎ屋に直行したが、「上村うなぎ」は休日、隣にある「しらいし」に行ったが店の外には既に10人ほどの客が待っていたのには驚いた。

 さて気になっていたのは、国登録有形文化財の宿「人吉旅館」と民藝品の店「魚座」である。 前者は洪水により甚大な被害を受けたものの、建築の専門家である私の同級生が旅館の女将さんを励ましながら再開にこじつけた旅館。後者は国内外の素敵な民芸品を数多く品揃えした店で、これまた洪水で店舗が2階まで浸水したという。

 今回宿泊した「人吉旅館」では、氾濫した水が2階への階段の上段まで押し寄せて来たと教えてもらった。旅館の前にある国宝の「青井阿蘇神社」の被害も大きかったが、それは神社前にある電信柱の浸水標識が3.9mとあることで理解できた。大人の背の2人分の高さまで水が来たのである。また「魚座」は未だ仮営業の態で、奥の被害跡を見せてもらったがその惨状に驚きかつ心が傷んだ。店の周りは再度の洪水を虞れて空き地だらけ。人吉の中心繁華街がこの有様ならば、仮に肥薩線の復旧や川辺川に流水型ダムが新設されたとしても、九州の小京都と称された元の観光地に戻れるか、現地の人の心配が肌に突き刺さるような一日だった。

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