2018年03月12日 山折哲雄さんと宮沢賢治のヒドリ
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そして本日(2018.3.12)の履歴書では、宮沢賢治の有名な詩「アメニモマケズ・・」の新解釈について紹介されていた。さてはと思い、本棚から取り出したのは宮沢賢治の手帳の復元版である。これは花巻土産に買ったものだが、この詩は賢治が死んだ後に残された手帳にメモされていたのである。そして、山折さんが指摘したとおり、原文はヒドリノトキハナミダヲナガシであり、ヒデリではないのである。 つまり今や一般化しているヒドリは「日照り」の誤りだっとという解釈ではなく、原文そのままにヒドリは「日取り」あるいは「一人」の可能性が示唆されているのである。そうすれば当然詩の意味が変わってくる。日取りとは冷害や飢饉などの時に出稼ぎに行くなどつらい仕事をすることであり、一人とは孤独な状態である。東北の地で詩が作られているだけに山折さんは新しい解釈をする。私も手元の手帳を確認する限りは、賢治がヒドリと記したのは決して誤字とは思えない。ヒドリとはひょっとしてヒトリが訛ったのではないかなどと考え出すと、謎がまた一つ投げかけられた感じがした。 |
2018年03月05日 書を見つけCDを聞く
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3年前のある茶会で博多から参加した青年美術商に出会った。話を聞くと自分の店を出したばかりで松田正平の作品がある言う。出張のついでに、彼の小ぶりな店に出向き松田正平のデッサンと書を見せてもらった。その書は「君不聞胡笳声最悲」(君聞かずや、コカの声の最も悲しいのを)である。これは漢詩の一節をとったものであり、異国の笳(カ:あしぶえ)の音の物悲しさは比類がなく聞かないでおれないとでもいう意味であろう。その書を譲ってもらい、実際に胡笳(コカ)のCDを見つけてその音色を聞いたみた。途端に唐時代の瀟湘(しょうしょう)とした音色が頭の中に広がっていったのである。 #漢詩とは、「君不聞胡笳声最悲 紫鬚緑眼胡人吹」 |
2018年02月26日 書を愛でる
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大家とは絵のみではなく書もまた一流と知ったのは堅山南風の絵に署名を見つけた時である。達筆かつ個性的な署名が絵に映えて美しい。外国人が漢字を学ぶ際に、書を文字としてではなく絵またはデザインとして捉えるという感覚と同じものがあるのかも知れない。 ここに掲げた色紙には、青墨かつ薄墨で茄子の絵が描かれ「淡味是眞」の賛がつけられている。「あわきあじこれしん」と読める字は、行書から草書に変化してまさに味のある賛となっている。私には淡い味とは単に食べ物のことではなく、93歳まで生きた堅山南風の生き方そのものに聞こえてくるのである。この一ヶ月ほど見飽きずに毎日眺めているのはそのせいであろう。 |