2017年10月30日 いつから捨てようか
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周りを見渡すと、衣服に限らず本、陶器など趣味に関する物が整理されないまま溢れかえっている。増やすべきでないと分かっていても、集める癖がなかなか治らない。誰もが欲しがらない物を愛おしく思うのはゴミ屋敷の住人と似ているかも知れない。 心理学者フロイトの机の上は世界から集めた美術品で溢れていた。スイス人画家パウル・クレーは拾って来た石や貝殻を机の上に無造作に並べていた。彼らはきっと脳を休めたり発想のヒントを得ようとしたのだと思う。しかし世界の偉人と比べても仕方がないので、凡人の私は人生の区切りとして周りにあるものをいつから捨てようかと悩んでいる。 |
2017年10月24日 風・息・魂
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そこで思い出したのが、フィレンツェのウフィツィ美術館にあるボッテチェリの大作「春」である。神が息を吹きかけると花が咲きほころび、そこにビーナスなど三美神が集い春を謳歌する。かつて「千の風に乗って」という歌が流行ったが、亡くなった方が千の風になって大地や海原を駆け巡るというのも、風・息・魂が一つであるのならば納得できる。 試しに、風にそよぐ幟を見ながら「魂が幟を揺らしている」と独り言を言ってみた。息を吐きながら、「魂を吐いている」と言ってみた。すると、突如大自然に包まれた感覚に襲われた。しかし冷静に周りを見渡すと、そこには都市ジャングルに囲まれた自分がいた。 |
2017年10月17日 釜山の古物探し
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それらしい店をやっと見つけ、ほっとしつつも内心は不安な思いで店内に入った。そしてその店内は、古物がまさに山のように積み上げられ、一山を成していたのである。店のオーナーとおぼしき老年の女性は、適当に山から物を探せと合図を送ってきた。ここまで来た以上は引き下がれないという思いで、古物の山に分け行った。山頭火風に言えば、「分け入っても分け入っても古物」。 そしてやっとの思いで購入したのは3点。朝鮮時代の貴族が使った帽子、落ち葉を掃き集める針金製の籠、そして金属製の蝶番。いわゆる民具の類いなので、随分安かった。今では、朝鮮半島の歴史や民族の生活を思い浮かべながら、これらの古物を日々眺めている。 |