芭蕉林通信(ブログ)

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2018年06月11日 遠くの山はきれに見える

 元勤めていた銀行の先輩で経営コンサルタントをしている人の講演を聞いたことがある。「遠くの山はきれいに見えた」という印象深い講演であった。要旨は、子供のころから憧れていた美しい山に登ったら、道は険しくごつごつしていて美しい姿とは正反対だったというもの。そしてさらに付け加えて言った。人間関係においても、身近にいると相手のアラばかりが見えて来る。日頃から相手は少し距離をおいて眺める方が良いと。

 最近、会社を辞めて他の会社に転職した青年の消息を聞いた。彼は、辞めて初めて元の会社の良さがわかったそうである。確かに会社で働いていると、会社の悪い点ばかりが目につく。方針が悪い、上司が悪い、風通しが悪い、自分の実力を認めてくれないなど問題点はキリがない。そしていつの間にか客観的に見る視点は忘れがちになる。「隣の芝生は緑に見える」、「隣の奥さんがきれいに見える」という状態は、理想化した幻想を見ているに過ぎない。

 また、自分可愛さのあまりに自分自身を美化したり自信過剰になっている人に会う事もある。社内でも「絶好調」とか「大丈夫」という言葉を聞いた瞬間、こりゃ危ないなあと内心思う。私自身必要以上のアラ探しや自信過剰には気をつけなければならない。

2018年06月04日 生卵を4等分

 最近は少子化時代となったために兄妹の数が少なくなった。中国では一人っ子政策が長く続いたお陰で、「小皇帝」となった子供は両親や祖父母から溺愛される存在となっている。ルソーは、「子供を不幸にする一番確実な方法は子供が欲しがるものを何でも与えてやることだ。」と言っている。確かに贅沢が子供のためになるとは到底思えない。

 昔のように兄妹が多い場合は、年功序列の悲喜こもごもはあるにしても自然と組織での行き方を学んだ。喧嘩ばかりではなく一緒に遊んだり助け合ったりした。一種の駆け引きも覚える。貧しいからこそお金のかからない遊び方を自分たちで考える癖もついた。1950年代の日本は物質的には決して豊かな時代ではなかったし、家業に苦心している我が家も同じだった。

 たまに持ち込まれる饅頭にしても、4人に一個の割当だった。そこで饅頭を如何に公平に4等分するかが大問題となる。我ら兄妹のルールは、長男の私がナイフを使い正確に饅頭を4等分する。そして妹や弟が取った残りの一個を私が取るというもの。これほど公平なことはないと今でも思っている。もっとも、生卵一個を溶いて4等分することは困難を極めた。この時ばかりは、兄妹4人で最後まで揉めたのである。「奪え合えば足らず、与え合えば余る」などという結構な言葉はその時は知らなかった。ただ知っていたとしても、やっぱり生卵では揉めたに違いない。

2018年05月28日 ひとさし舞ってしんぜよう

 先日から日大アメリカンフットボール選手の危険なプレイが世間を騒がしている。SNS時代には、情報の拡散は瞬く間であり隠したり誤魔化したりすることは難しい。それにしても、二十歳の学生を指導した監督やコーチの責任は深くて重い。

 謝罪した学生は、アメフットに興味を持ったのは身体と身体をぶつけるコンタクト・スポーツに魅力を感じたからと言っていた。アメフットには100種類の戦術があり極めて頭脳的な戦いを強いられる一方で、ゲーム自体は身体的な接触が避けられない格闘技的な要素がある。

 私の場合加齢とともに肉体的な強靭さを失って久しいが、伝統芸能の世界における身体表現については逆に関心を強めてきた。郷土出身の東大医学部の稲葉先生が医療活動の一環として能を学んでいることも刺激になっている。そこで今月から始めたのが稲葉先生にならい仕舞と謡いの勉強である。いずれの日にか、「ひとさし舞ってしんぜんよう」と言うのが目下の夢であり目標である。

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