2018年12月26日 初舞台
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能楽を大成した観阿弥・世阿弥が辿った足跡や残した言葉を読んだりもした。「秘すれば花」とか「老いの花」、「離見の見」とか有名な教えを知った。昔から好きな言葉には「守、破、離」などがある。いつもの癖で、まずは知識からの入門である。 しかしやはり肝心なのは本番であることは間違いない。演目は「湯谷」の仕舞。私は初心者なので先輩たちの梅雨払いのごとくに冒頭の出番と相成った。ところがである、練習の甲斐なく緊張のあまりに心は乱れ、腰は定まらず、脚はフラフラ、散々の出来となった。そして頭での理解と身体的な表現は全く別物と思い知った。夜の打ち上げ会では、先生と数人の先輩からよく所作を覚えていたと慰められたもののくやしさだけが残った。そういえば、ゴルフにしても参考書を読みそのままプレイできればシングルプレーヤーである。そうはならない事実を愚かにも忘れていたのだ。 |
2018年12月18日 スーパーボランティア
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渡辺さんは70歳代で、若い人の世話をすることを余生の使命と考えていた。従って、食事は朝晩家族と一緒に食べるので手抜きがない。下着の洗濯、部屋の掃除までしてくれた。 ある宗教団体に無理矢理入信させられ翌日に脱会した時には、下宿に宗教団体の地区幹部が押し掛けて来た。私が2階で息をひそめていたその時、陽子さんが立ちはだかった。「亀井さんがそんな人ならば、ここから出て行ってもらいます。」江戸っ子の啖呵に幹部はあきらめて帰っていった。後で陽子さん曰く「ああでも言わなくっちゃ。しつこいんだから。」厳しい仕送りに頼っていた学生時代、渡辺さんは私達下宿人にとってのスーパーボランティアだったのである。 |
2018年12月03日 旅での愁い
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老夫婦はご主人の闘病生活を経ての久しぶりの旅行だった。奥様は闘病中の老老介護の苦労を語られた。しかし、ご主人は今では毎日畑仕事に精をだし頭も身体もお元気だ。高校の同級生二人はウマが合っているのが傍目にも分かる。共に配偶者を亡くしたという点で戦友の趣がある。 そのうちのお一人は耳鼻咽喉科の先生だが、今は引退し息子さんが後を引き継いでおられる。奥様が白血病で余命わずかと診断された時に、夫婦一緒に思い出作りの旅行を繰り返したそうだ。その時の心境を想像すると胸が痛んできた。つまり4人の方々に自分達の未来を見る心地がしたのである。歳をとるということは美しくもありまた残酷なことなのだろう。 |