芭蕉林通信(ブログ)

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2019年03月29日 想いでの人々(その2 大塚元ハウス食品社長)

 ハウス食品の大塚副社長との会食があるとのことで、料亭「すざき」に父のお供をさせられたのは37年前のこと。東京の銀行を辞めてすぐのことだったので、私を誘うようにとの大塚さんのご配慮があったのかも知れない。大塚さんが気配りの人というのはその後のお付き合いの中で気がついたことである。当日はただお酒が強い人であり、顔は笑っていても目は笑っていない人との印象を持った。

 その後先代社長の飛行機事故により、大塚さんは急遽ハウス食品の社長に就任され、確かグリコ森永事件に巻き込まれたハウス食品の防衛に身を挺して取り組まれたのだった。20歳代で福岡支店長になられた大塚さんは九州への思い入れが生涯強かったような気がする。社長就任直後に熊本に二泊三日で来られ、一晩は父の自宅で父と二人きりで酒を飲み交わしていた情景を思い出す。

 大塚さんのお陰で、中小卸の我が社でありながらいろんな会に参加させていただいた。感謝しても感謝しきれない。ゴルフコンペに参加すると、ネーム入りの帽子をいただき、プレイ前に配られたスコアカードには事前に一組4人の名前が書き込まれており、しかも本人の名前のみ大文字という気の配りようなのである。そうした大塚さんには会社を辞められた後でも、熊本で社内研修の講師を務めていただいたり、年に一度は必ず私が大阪に赴きお会いしていただくなど常に励ましと指導を受け続けてきたのである。今となっては生前に大塚さんからいただいた手紙とメールの数々は、私の大切な宝物となっている。  今年の2月に突然お亡くなりになったとのご家族からの電話には、思わず涙が出てしまった。1月の電話とメールが最後となった。ご冥福を心からお祈りしている。

2019年03月26日 想いでの人々(その1 岸本日本水産元副社長)

 大学入試に合格した際父に言われたのは、大学の先輩が福岡にいるから会いに行きなさいということであった。その人とは日本水産の岸本福岡支店長(後に副社長)であった。入学前の私はどんな人か分からないままドキドキしながら会っていただいた。

 そして岸本さんから合格祝いにいただいたのが「哲学以前」と「ドラマツルギー」という2冊の哲学書である。本の見開きにはその場で、「青年の成長を見るのは人生の喜びである」と今は忘れたがある著名な人の言葉を書き込んでくれた。しかしながら、大学在学中の4年間はこの2冊の哲学書を理解しようと悪戦苦闘したのだった。

 それから13年後、東京を離れ転職するために熊本に帰る際には、日本水産本社の岸本副社長を訪ねた。執務机の前に座った私にリーダーの心構えを教えて下さったことは今でも忘れない。
「組織のトップは大局と現場を知っていなければならない。真ん中部分は中間管理職に任せれば良い。」
「トップは孤独に耐えなければならない。最終判断は誰にも相談できない。部下に話せないことは自分の胸に秘めておかねばならない。」  
何とか今日まで私の会社が生き残っているのは、こうした岸本さんの教えのおかげである。

2019年03月19日 被写体としての自分

 長年通い続けているテニススクールでは、最近自らのプレイを画面で確認できるようになった。今までさほど関心がなかったが、休憩時間に否応なく目に入ってくる。それを見ている内に、自分の格好の悪さに愕然とした。息子からは私の脚が動かず手打ちになっているとの指摘を受けていたが、まさにその通りの体たらくなのである。

 一方、会社で資料の断捨離を行っていたら、10年前の人間ドックの結果が出てきた。なにげなく眺めていて、体重がこの10年間で約6kg増えているのに気づいた。デブになっているのだから、テニスで脚が動かないはずである。スポーツジムには2kgの脂肪の標本が置いてあり、手に取って重さを確認できる。それは想像以上の重さだった。その2kgの標本が3個分身体に付着したのだから、体型はメタボ化し、動きが鈍くなっているのは当然なのだ。

 自分の目以外に客観的な目を持つようにとよく言われるが、被写体としての自分を見るのは幾分気持が悪い。しかし、自分では気がつかない点を教えてくれるという点では重宝すべきなのだろう。

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