2018年05月08日 つまらない話
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あれやこれや考えているうちに、ふと気がついた。歳を取ると記憶力が落ちる。記憶力の落ちた同士が話し合えばいろいろと食い違う。お互いが食い違っていることに気がつかないから、口喧嘩が発生するのではないか。 そう考えると、夫婦喧嘩というものが実にバカバカしく思えてくる。半分ボケた者同士が自己主張を繰り返しているだけなのではあるまいか。昔から「夫婦喧嘩は犬も食わない」とはよく言ったものだ。とはいえ、ボケた会話は高齢者だけの特権であり、昨今の若い夫婦の口喧嘩は危険度が相当に高い。 |
2018年05月01日 悪筆その後の顛末
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自分の字を自分で批判したのでは話にならない。自分の字を自分の字と思わずに客観的に見たのは初めての経験だった。大抵は自分の字は日頃から下手だと自覚しつつ仕方ないと思って書いている。それが突然に他者の字と比較して観察・批評したのだからたまらない。 伊集院静の「文字に美ありや」という本を読書中だったのも良くなかった。文字には美がある。文字には人格が現れる。とすれば、私の人格は未だお恥ずかしい水準という訳なのである。 |
2018年04月23日 ないものねだり
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そのせいか、いつしか歴史上著名な書家の書に魅せられるようになった。書聖と呼ばれた王羲之に始まり、黄庭堅や米芾など中国の書家。日本では聖武天皇から始まり、空海など平安の三筆、本阿弥光悦など寛永の三筆。一休、白隠、仙崖、豪潮、良寛などの名僧。歴史は下って、幕末から明治にかけては副島種臣など維新の志士たち、そして夏目漱石。昭和になっては熊谷守一や松田小平。多くの人がそれぞれ魅力的な書をこの世に残した。 現在壁に掛かっているのは、熊谷守一の書「無一物」である。彼は本来画家であるが、仙人のような質素な生活をしながら研ぎすましたような絵や枯れた味の書を数多く残した。書にはその人の人格や生き様が反映されるとすれば、熊谷守一の書には守一本人の人間的魅力がそのまま作品となり人気が衰えない理由となっている。「無一物」は守一95歳の時の書であり、高齢になり到達した心境を伺わせる。書の魅力は書家の人生が背景にあるからだと改めて感じている。 |