2015年03月31日 身近にある火山と
![]() 阿蘇や久住は野焼きのシーズンを迎えました。野焼きの火が風を起こして原っぱや山裾を走る様は、勇壮であり且つ神秘的な感じがします。
ところで私には、毎朝車を運転して通勤する道路があります。その道路が橋にかかると、天井川のせいか橋は一挙に高みを目指し、坂を登っていくことになります。橋が一番高い所でいつもする日課が島原の普賢岳を見つけることです。
ある時、左手に普賢岳、右手に阿蘇山、前方には金峰山が同時に見える事に気がつきました。昨日などは、火砕流で多くの人名を奪った普賢岳が赤茶けた荒々しい山頂を見せていたかと思うと、阿蘇の中岳からは活発な火山活動を象徴するかのように、白い噴煙が西風に乗って高森方面に棚引いているのが見えました。また、夏目漱石が小説「草枕」の舞台にした金峰山は火山活動を休眠したまま、山頂まで深い緑に覆われています。
こうした景色を見ながら、熊本での生活は火山の近くで営まれているということに改めて感じさせられました。つまり、熊本での生活や仕事は、地殻変動による地震だけではなく、火山活動による災害をも常に意識しておく必要があるということなのです。
夏目漱石の弟子で物理学者の寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉を残しています。もっともビジネスの世界では、天災だけでなく、人災や事業環境の激変などにも注意をしておく必要があるのは当然です。とはいえ、大自然に囲まれ、気候は温暖で、歴史文化の深みもある熊本が、住み易い地であることは日々自覚しています。
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2015年03月23日 熊本大学法科大学院の思い出
![]() 先日、国立大学法人熊本大学は、法科大学院の学生募集を中止すると発表しました。その理由は、毎年入学希望者が減っていること、司法試験合格率が12%台と全国平均に比べても非常に低いことなどが述べられています。
そこで思い出すのが、約13年前、熊本大学が法科大学院を新設するに当たって、シンポジウムを開催するので、経済界の人間として参加し意見を述べてほしいとの要請があったことです。参加した私は、大学や民間法曹界など法律関係者ばかり大勢が集まっている場で、私見を述べる羽目に陥ったのです。私は経済界代表として参加している以上は、それらしきことを言わねばならないと思い以下の要旨で持論を展開したのです。
「熊本大学が法科大学院を設置したいという気持ちは理解できる。しかし、あえて地元の人間として優先順位を言わせてもらえば、必要な学部・学科は、経済と農学関係ではないか。これらは、九州大学にあって熊本大学にないものである。また、経済発展と農林水産業の振興を図る熊本県においては、熊本大学には理論武装と担い手作りを期待したい。そうすれば、大学と地元の接点が増え、距離感が近づくと思う。」
シンポジウムの意義はともかくとして、その後に法科大学院がスタートし、そして今日終焉を迎えることになり役目を終えたのは事実です。だからと言って、13年前に熊本大学が法科大学院を作る必要がなかったとは言いません。なぜならば、企業経営をしているとしばしば事業の選択と集中に失敗するからです。要は失敗したならば、そこから何を学ぶか、学んだ上でいかに新たなスタートを切るかが大事なことだと思います。
それにしても、あの時熊本大学がせめて経営学科でも作ってくれていたら、今日、熊本大学のイメージは随分と変わったいたに違いないと思い、少し残念な気がしています。
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2015年03月16日 メルケル首相目撃記
![]() 先日、ドイツのメルケル首相が7年ぶりに来日しましたが、今回は日独間の関係修復のための来日とのことでした。昔の日独伊枢軸同盟は悪夢ですが、これからは平和な未来がくるよう、また双方で経済発展ができるよう、両国の関係を一層緊密してもらいたいものです。
ということを殊勝にも考えていましたら、かつてドイツのベルリンで、メルケル首相に遭遇したことを思い出しました。ベルガモン美術館(だったか?)に行こうとして観光バスがその近くに止まった時のことです。突然、近くの私邸から出てくるメルケル首相を見付け、ワサモン(熊本でいう新しいモノ好きな人)な私たちは慌ててバスを降り手を振ったのです。気さくなメルケル首相は、こちらを振り向き手を振って応えてくれました。その時、年配の婦人である日本人ガイドさんが、自分は35年間もベルリンに住んでいて一度もメルケル首相には会ったことがないのに、皆さん方はたった一日の滞在中にメルケル首相に会えるとはなんてついていることでしょうと嘆息したものです。
![]() もう一つの元首との遭遇は、ややパパラッチの感があったと言えましょう。それは、ブラジル移民100周年の行事のために、熊本から300人ほどの人数で南米に行った時のことです。
ブラジルでの主要行事が無事に終わった後、最後に訪問したのはペルーの首都リマでした。そのリマのホテルで朝エレベーターに乗ろうとした時のことです。何と、全てのエレベータが使用中止になっているではありませんか。一瞬故障かと思いましたが、咄嗟に窓からホテルの入り口を眺めると物々しい警察官の姿と人だかり。これは何かあると思い、カメラ片手に急いで非常階段を駆け下りたのです。
ところがその直後に、スペイン国王のファン・カルロス1世夫妻が現れたのにはビックリしました。そして、私にとっては、貴重なパパラッチ体験ができたという訳です。
かくして、メルケル首相とファン・カルロス1世の生写真を撮れはしましたが、けっしてベストショットとは到底言えないのは、私が優秀なパパラッチにはなりえないことを教えてくれています。
それにしても、ベルリンとリマの短い滞在期間中に、よくぞこうした大物に会えたものと、今でも忘れられない経験となっています。
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