芭蕉林通信(ブログ)

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2012年06月25日 国内外で見つけた熊本

思いがけない場所で地元熊本に関した事に出会うことがあります。先週初めてジャズのコンサートに行ったのは、著名な山下洋輔さんが演奏するからでした。
今日その時に買った山下洋輔さんのソロアルバムをCDで聴いていた時に、その6曲目にMt.Senbaがあったのには感激しました。何せ、自宅の近くにある船場山、かの有名な「あんたがさどこさ」の手まり唄がアレンジされて居たのですから。

ということで、過去に国内外で出会った熊本を次々と思い出しました。

東京で歌舞伎を見に行った時のことです。何気なく見た歌舞伎のその日の演目は「二条城の清正」でした。郷土の英雄、清正公が歌舞伎の演目になっているとはつゆ知りませんでした。今もって熊本でこの歌舞伎があることを知っている人はどれほどの数がいるのか疑問に思っているところです。

次は、アメリカのニューヨークでオイスターバーに行った時のことです。注文しようと英語で書いてあるメニューとにらめっこしていると、Kumamotoの文字が目に入ってきたのです。何と、アメリカで牡蠣の有名かつ人気のあるブランドが、我らが郷土である熊本の名を冠していたのです。後日帰国して調べたところ、戦後アメリカで牡蠣が壊滅状態になった時に、熊本から多くの稚牡蠣が太平洋を渡り、アメリカで飼育され広がっていったことを知りました。

さて先々週の博多駅前の広場では、バラの花びらで装飾したローズガーデンが披露されていました。そこで見つけたのが、聖火を持って馬?に乗っているクマモンという訳です。かつて細川知事時代に日本一作り運動というものがありましたが、時代を経て、クマモンが日本一になって今や県の宣伝部長として大活躍という訳です。

これからも世界で、思いがけない熊本との出会いを楽しみたいと思います。

2012年06月20日 五島列島上陸記

行く機会がありそうで行ったことがなかった長崎県の五島列島に初上陸してきました。到着したその日の新聞に、長崎県と熊本県の教会群を世界産に登録すべく、地元関係者が日本政府に申請したという記事が掲載されていました。

まさに私自身、隠れキリシタンの島、五島列島に興味津々だったのです。

写真は教会の中でも代表的な「頭が島教会」です。明治初めに地元のカトリック信者の手で築かれたもので、外壁は砂岩で男っぽいイメージですが、内部は花柄がふんだんに使われ女性らしい優しい雰囲気と対照的でした。

上五島町だけで、29もの教会があるそうですが、これらは大体海岸沿いにあるようです。かつてキリシタン弾圧が激しかった頃、陸からの道はなく、ただ海からのみ訪れることができる場所を選んで、隠れキリシタンの信者が集落を作っていた名残です。

「頭が島教会」に隣接して、まるで花園と見間違うような墓地がありましたが、これらはすべて海を向いてるのも、海とともに暮らした信者達の思いと感じました。

また、現地に行って初めて知ったのですが、五島は遣唐使船の最後の寄港地として重要な拠点でした。空海や最澄を乗せた第16期遣唐使船もここから西に向かい、荒波の先にある揚州を目指したのです。

空海が残した言葉「辞本涯」が石碑として残っています。日本の涯を辞する、という意味でしょう。私も世界遺産登録を応援したいと思っています。

2012年06月04日 大人の修学旅行で「投入れ堂」に感激

5月の連休を利用して、山陰・山陽方面を車で運転しつつ回って来ました。

主な目的地は、世界遺産となった石見銀山、独身時代に出張で泊まった懐かしい玉造温泉、民芸の拠点の一つ出雲民芸館、庭が絶景という足立美術館、国宝の山寺三徳山三仏寺、美観地区が人気の倉敷、満ち潮引き潮で別の顔を見せる宮島厳島神社などでした。

走破した距離は1450キロメートルを数えいささか疲れましたが、充実した大人の修学旅行となりました。

特に感銘を受けたのは、鳥取県の山深くにある三徳山三仏寺でした。後日談までついた、修験道の聖地といった所です。
訪れた日はあいにくの荒れ模様の天気で、参道から本堂をお参りするのに、雨風や寒さに難儀する有様でした。私は密かに、国宝「投入れ堂」にまで登山するつもりでいましたので、入山禁止の通告にはいささか気落ちさせられました。
とはいえ、気を変えるのも早い方、早速宿坊の一つで精進料理を堪能。たまたまその日は県の凄腕料理人が精進料理を作ってくださる日であったので、その美味しさに感激しました。

国宝館では、有名な蔵王権現の像を拝見。偶然お会いした住職に、焼け落ちた宿坊の原因を聞くなど今思えば、冷や汗の出るような質問をしたのも、その上品な人柄に引かれたからとしておきます。

後日談というのは、それから2週間後、八代市立博物館で開催された土門拳の「古寺巡礼」を見に行った時のことです。何と、土門拳が一番好きなお寺に三徳山三仏寺があがっているではないですか!?
その後、土門拳の三徳山三仏寺の「投入れ堂」登攀記をつぶさに読んだところ、彼は急峻な山道を重い撮影機材を担いで三度も挑戦。あまたの傑作写真が生まれたということを知り、感激したのでした。

私の場合は、「投入れ堂」にまで行き着けなかったのは前述の通りですが、山の下にある拝観所から、雲の切れ間に「投入れ堂」を写真に納めることができ、それだけで幸せ感に浸ったのです。

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