2022年06月20日 人吉・球磨の復興
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今回宿泊した「人吉旅館」では、氾濫した水が2階への階段の上段まで押し寄せて来たと教えてもらった。旅館の前にある国宝の「青井阿蘇神社」の被害も大きかったが、それは神社前にある電信柱の浸水標識が3.9mとあることで理解できた。大人の背の2人分の高さまで水が来たのである。また「魚座」は未だ仮営業の態で、奥の被害跡を見せてもらったがその惨状に驚きかつ心が傷んだ。店の周りは再度の洪水を虞れて空き地だらけ。人吉の中心繁華街がこの有様ならば、仮に肥薩線の復旧や川辺川に流水型ダムが新設されたとしても、九州の小京都と称された元の観光地に戻れるか、現地の人の心配が肌に突き刺さるような一日だった。 |
2022年06月06日 いくつに見えるか
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私にも経験があるからこの状況がよく分かる。男性は実年齢よりずっと若く言ってほしいのである。期待に胸をときめかせ落胆して自分の年齢を伝えたのであろう。ゴルフのプレイ中に、キャディーさんにいくつに見えるかと尋ねることがある。もちろん、若く言ってほしいという下心があってのことだが、大抵はぴったり当てられて聞かなきゃ良かったと悔やむことが多い。自分の顔は自分では決して見ることができないというが、自信過剰だけは止めにした方が無難だ。 秦の始皇帝が天下統一を果たした後望んだことは不老長寿の秘薬を手に入れることである。徐福という人物に大金を与え秘薬を探しに行かせたが所詮は無理な話だった。かかるように古今東西、若くありたい、若く見られたいというのは人間の永遠のテーマである。しかし自ずと限界がある話だから、ここは諦念して歳相応に精神の大人化をめざした方が良さそうである。 |
2022年06月02日 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの
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いつもは昼間でも他人を見ない庭に10数人の人影。三脚を立てて蛍の撮影に臨んでいる女性に話しかけると、明るい内から庭を撮影しあとで蛍の写真と合成すると言う。こうしたことがあるからやっぱりコロナ下でも他人には会わなければならない。かくして待望の蛍が出現し夢中でシャッターを切った。が所詮高度なテクニックなしの写真、まずは蛍が撮れただけでも良かったと低レベルの満足度に浸ったのである。 |