2020年11月24日 「行」より難しい人間関係
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年末年始を迎えたものの、今年は恒例となっている行事にも新型コロナの影響が必至である。忘年会や新年会の中止は当たり前としても、年賀状を失礼するとの取引先からの連絡が相次いだ。いわゆる虚礼廃止ということだが、昔勤めていた銀行では当たり前であったのだから違和感はない。コロナ感染が原因というよりは、年賀状の宛名を書く時に肩書きを間違えないよう調べるのが大変だからと推測している。こうして人間関係を維持する行為も減っていくのだ。 家庭においては夫婦、親子、兄弟関係が付いてまわる。夫婦関係が長く続く秘訣は我慢だという人がいるが、人生経験を積んで人間関係を保つ知恵や技術が身につくことも大事だと思う。そこで、今月の句会で仲間から選んでもらった、私の一句を紹介する。 「聞き流す 癖が身につき 木の葉髪」 (注)木の葉髪(このはがみ)とは、夏の紫外線や暑さで髪の成長が阻害され、晩秋から初冬にかけて抜け毛が多くなること。それを木の葉が落ちることにたとえた季語。 (写真は整備の進む熊本駅前) |
2020年11月20日 365日の本と数字遊び
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積年の行動で区切りの良い数字に会うことがある。銀婚式や金婚式などは夫婦で積み上げる勲章だが、個人的なことで区切りの良い数字に出会い感激することがある。例えば、自家用車の累積走行距離が12,345キロメーターになった瞬間、フィットネスへの通算回数が365回になった日などが最近あった。これらも一日一日の積み重ねの結果と言える。 某銀行の支店長車のナンバーは「834」、馬刺しと読む。そこで私の車のナンバーを「634」、武蔵としようと思ったが目立つといけないと思い止めた話は前にした。結局は数字の魔術から逃れられずに、世界的に知られた数字「1618」をナンバーにした。面白かったのは、フランスの世界的な社会学者であるクロード・レヴィ=ストロースが私のこだわっているある数字を同じように大切にしていると知ったことである。会社で仕事をしている以上は業績数字とは縁を切れないが、個人的にはこれからも面白い数字と遊んで行きたいと思っている。 |
2020年11月10日 二人の教育者
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B先生は教育評論家としてしばしばコメンテータとして発言している女性である。彼女も学校の先生をしていたのだが、生徒への接し方は独特のものであった。その指導法に名前をつけるとしたら、「問いかけ」とでもなるのだろうか。学校を見回っていた時、男子トイレからモクモクと煙が出ているの発見。B先生はその生徒に、「何々君、タバコ吸うなんてどうしちゃったの? 何かあったの?」と聞く。当然生徒は、「いや一度試してみたいと思って」とか「友達に勧められて」と答える。B先生は生徒に答えさせながら、良くないことをしたと自覚させ反省させるのであろう。 さて、A先生とB先生どちらが良いか判定しようとするのではない。自分自身に置き換えた場合に、他人を指導する難しさを再認識するだけである。私はどちらかと言えば、A先生的なところが多いと自覚しているだけに、単刀直入に問題を指摘するのではなくたまには時間をかけて相手に考えさせる機会を与えてみたいと思う。「雀百まで踊り忘れず」というから、私には無理無理という声がどこからか聞こえて来そうだ。 |