2017年04月11日 下手の横好き
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二つ目は先月から始めようとした「書道」である。娘とその子ら計5人で始めたが、私は縦線、横線ですらうまく書けない。無理をして上級者用の筆を使ったのがまずかったのかも知れない。それにしても私の横で、伸び伸びとケレンミなく字を書く孫娘が少し憎らしく思ったのは、相当精神的に追い込まれていた証拠と言える。結果、私は基本的な字を学ぶことは諦めることにした。つまり惨めだが自己流を追求することに決したのである。 最後に活動歴48年を数える割に下手なテニスである。4月には宮崎から10名を越える仲間が熊本に来て、二日に亘るテニスの交流会が催された。初日のレギュラー戦に出場して、5-5の30オールの局面から相手に連続2ポイント取られて重要な試合に負けたのがまずかった。その後の練習試合は出れば負けるという有様で、すべてが終わった時点では相当に自信を失くしてしいた。これからは趣味の多さを誇るのはよそうと思っている。 |
2017年04月04日 身近にいたアクティブ・シニア
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次に驚いたのが高校時代に習ったことがある音楽の先生が96歳で再婚するという話。アメリカに住む弟がメールで知らせてくれた。相手の73歳の女性と合わせた年齢が169歳になるということで珍しく思われたのか、今週号の週刊新潮に紹介されている。歳の差だけみれば羨ましい気にもなる、いやならないか。 テニス仲間にも超人的な高齢者がいる。それは宮崎に住むTさんで私よりは10歳以上年長で80歳近いはずだが、試合になるとなかなか勝てない。昨秋お会いした時には、Tさんの瞼に光るものがあるので近づいて見たら、瞼にセロテープが貼ってある(もしも涙だったら可愛いかったのに)。訳を聞けば、瞼が垂れ下がってきて目が開かずに視界が悪い、それでセロテープを瞼に貼ってつり上げているのだそうだ。そういう人にもテニスで勝てないとは我ながら情けなくなった。それにしても恐るべきアクティブ・シニアの存在ではないか。 |
2017年03月31日 ブリキ缶の中にあったもの
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そして時代が巡り、私が高校の修学旅行で奈良に赴いた時、伯父さん一家が総出で歓待してくれた。それ以来、特に私が東京の大学に行って以来、毎年何度も奈良に遊びに行く関係になったのである。とりわけ伯父さんの独身の長女が母の同年代ということで、母親の如く私を可愛がってくれたのであった。 その伯父さんは教育家であり、市議会の重鎮という立場。孫のごとき私に頻繁に手紙を書いて送ってくれていたのである。そしてその手紙とは、美濃和紙の巻き紙に墨痕鮮やかに滔々と言葉が連なっているのである。達筆な伯父さんに自分の名前は大きく書きなさいと戒められたことも今となっては懐かしい。そしてそれらの手紙は今では私の宝物であり、伯父さんのような方達から励まされ、期待されたからこそ今日の自分がいることに気づかされるのである。 |