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スピーチに関する格言は多いのですが、スピーチの前置きとしてよく使われるのは、「スピーチと女性のスカートは短い方が良い。」というフレーズでしょう。ところがある時ある本を読んでいましたら、「スピーチと女性のスカートはない方が良い。」と書いてあるのには思わず笑ってしまいました。そこで私も今までに2、3回はこの新しいフレーズを使用したことがありますが、その時は会場に女性の姿が見えないか確認して話したものです。地元新聞社の今年の新年会もスピーチが全くないすっきりしたものでしたから、上記の教えに従っていたのでしょうか。 ただ過去には、大変に長いスピーチがあり、痛快と思えるような事態に遭遇したことがあります。一つは東京で、もう一つは熊本でのことです。東京のある懇親会で、来賓の一人が締めの挨拶を長々としている時のことです。業界の長老と言うべき人が、突如、「話が長いぞ、早く終われ。」と叫んだのです。会場にいた多くのメンバーが一瞬凍り付きましたが、挨拶していた当人は苦笑いしながら話を収めて降壇したのは立派でした。当事者の二人が気の置けない関係だったかどうか確認していませんが、ダラダラと長い話を一刀両断で終わらせた一言は見事な切れ味でした。 熊本ではある経済界のトップが20分を越える挨拶をしようとしていた時のことです。会場にいた一人がつかつかと壇上に歩み寄り、「あんたの話は長過ぎる、はよ止めなっせ。」と言ったのです。権威にひるまず思う事をずばっと言ったその勇気にはいささか感激しました。多分、会場全員が同じ気持ちだったのですから。 そこで思い出すのは、「ヤジは国会の花」という言葉です。民主主義国家の由縁でしょうか、国会の審議でヤジがよく飛んでいるのには驚かされます。時々、セクハラまがいのヤジが問題になるのは、ヤジを飛ばす政治家の品格のせいでしょうが、ヤジに慣れていない私などは、ヤジが飛んで来たら立ち往生しそうな気がします。 そして私自身も「長いぞ、早く止めろ。」と言われないように、要領良く短めに話すように努力したいものです。
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新年早々、腕のアップルウォッチが振動するので見てみると、株価が下落しているという日経の速報が次々と送られてきます。中国の株式市場の株安を受けてとのことですが株式投資に関心がないだけに一喜一憂しないで済むのは有り難いことです。おまけに、上場していない中小企業の経営者ですから、自分の会社の株価も関係ありません。 思えば、ギャンブルらしきものに初めて手を出したのは学生時代の麻雀でした。ただクラブ活動で毎日ヘトヘトになっていましたので、深みに嵌る事はなく結果的には下手のままで今日を迎えています。競馬は社会人になり同僚に誘われていい加減に買った馬券が大当たりしたことがあります。味を占めてその後買った馬券は空振りとなりましたので、以後一切馬券とは縁を切りました。
銀行員の時に部内で予想コンテストがあり参加させられたことがあります。それは円レートや公定歩合の予想など銀行らしい問題に加え、巨人軍に入団した原選手が三塁の正選手に定着するかなどの10の予想当てでした。そして、無惨にも私は最下位の点数を取り大いに恥をかいた記憶があります。 そうした私を助けたのは父の一言でした。それは経営に勝るギャンブルはないと言うもので、確かに経営者の投資は億単位ですから、失敗すれば桁違いの損失を被る訳です。また、ある人から絶対に上がるから買うべきとの株を紹介されたので、父に購入資金を貸してくれと言ったことがあります。その時、父から自分の金で買えと言われたのはショックでした。今思えば当たり前のことですが、その時は目先の利益に冷静さを失っていたのでしょう。
かくして、ギャンブルの才能がないばかりか、縁にも恵まれなかったことを人生の幸いと思い、名前の通り亀のように一歩一歩確実に前に進むことを心情に今日まで生きています。
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陽明学者であり且つ政治家の指南役と言われた安岡正篤さんの言葉の中で、特に印象に残り大事にしているのが「出処進退の法」です。それは、上のポストに立つ時は皆から押されて立ち、ポストを退く時は自ら決する、というものです。より詳しく論じますと、例えば組織のトップに立つ時は、周りの人の人望を集めてその懇願を受けてそのポストにつきます。一方、トップの座を退く時には、周りの部下に「俺も歳だからそろそろ止めようと思うがどうか?」と聞けば、部下は滅多なことは言えませんので、「いやいやまだお若い上に、辞められると私たちが困ります。」とお世辞を言いますから、結局辞めないままになります。ですから、ポストを退くには自らの意思によるしかないと安岡正篤さんは言っているのです。 第二次世界大戦直後の占領軍の統治では、軍閥に協力した多くの財界人が公職追放となり、その穴埋めに企業のトップに立ったのが、30代や40代の中堅幹部でした。その若々しい幹部連が責任感と使命感を発揮して、戦後の高度経済成長の立役者になったのですから、企業の一挙の若返りは結果オーライになったのです。
翻って、戦後70年立った今日、またぞろ出処進退の法が守られなくなってきたのは、うがった見方かも知れませんが、少子高齢化で老人が増え、かつ若い人にパワーがなくなったからではないでしょうか。それでも自戒しなければならないと思うのは、ポストを退くに必要な体力や気力がある内に引退を決断するということです。 今朝はたまたま寺山修司の本「書を捨てて街にでよう」を読んでいて、つい冒頭部分に引きつられました。それは「少年よ 大尻を抱け」という一章ですが、要は若者よ老人に負けるなというエールなのです。女性が「最近の男性はピンポン・ジェネレーションだ」と言うのですが、それはタマが小さいとの意味なのです。老人がポストに居座るのではなく、若者がそのポストを奪い取れと寺山修司が言っているような気がしてきました。
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