芭蕉林通信(ブログ)

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2022年06月27日 個人レッスン

 最初から妄想めいた話だが、個人レッスンと言うとなんだか淫靡(いんび)で秘密めいた感じがするのは私だけだろうか。きっと若い時に見たフランスかアメリカ映画のラブロマンスの影響があるに違いない。と言うことで今日は個人レッスンのお話。

 自分自身が先生役になったのは大学2年生の時のただ一度、小6の女の子に受験勉強を教えた。そして見事に第一志望の中学校を滑らさせた。私の教え方が下手だったのだ。社会人になってから講演や研修への参加は数限りなくあるが、個人レッスンを受けた経験は4回と少ない。1度目は40代の頃、カナダ人男性に会社に来てもらい英会話のレッスンを受けた。英会話を40分ほどするとクタクタになった。英語は単なるツール、会話はコンテンツと嘯(うそぶ)いていたものの、いかんせんツールの方が錆びついていた。2度目は50代に受けた「コーチング」の勉強。理論と実践を学んだが、実社会で活かすほどには頭が柔軟でなかった。3度目は日本の伝統芸能である能の舞と謡のレッスンである。本能寺の変で命を落とした織田信長が舞ったのは幸若舞だが、そのカッコよさに憧れて能を始めた。それから約1年半後に新型コロナの感染が拡大、一挙に熱が冷めた。私にとっては舞と謡の練習はとてつもなく難しかった。先生ごめんなさい。

 4度目の正直という言葉はないが、最近始めたのがパーソナル・トレーナーの指導による筋トレである。いきつけのフィットネスクラブの閉鎖が続き、やむに已まれず始めた。ウェイトをかけたスクワットやベンチプレスに挑戦しているが、インストラクターの巧みな指導で着実に筋肉量が増えている。そんな時にいきつけのフィットネスクラブが再開するとの連絡。しかしせっかく始めた個人レッスンなので、フィットネスとの共存の道を探ろうと思っている。

2022年06月20日 人吉・球磨の復興

 先週球磨川の氾濫からの復興を図りつつある人吉を訪ねた。氾濫直後の惨状は目にしていたが、その後2年が経ち、馴染みの旅館や店が再建されたと聞いたので自分の目で確かめに行ったのである。人吉へは九州自動車道を通り約1時間半。あいにくの梅雨入りで球磨川の増水を気にしながらも人吉には昼過ぎに到着。さっそく腹ごしらえのために有名なうなぎ屋に直行したが、「上村うなぎ」は休日、隣にある「しらいし」に行ったが店の外には既に10人ほどの客が待っていたのには驚いた。

 さて気になっていたのは、国登録有形文化財の宿「人吉旅館」と民藝品の店「魚座」である。 前者は洪水により甚大な被害を受けたものの、建築の専門家である私の同級生が旅館の女将さんを励ましながら再開にこじつけた旅館。後者は国内外の素敵な民芸品を数多く品揃えした店で、これまた洪水で店舗が2階まで浸水したという。

 今回宿泊した「人吉旅館」では、氾濫した水が2階への階段の上段まで押し寄せて来たと教えてもらった。旅館の前にある国宝の「青井阿蘇神社」の被害も大きかったが、それは神社前にある電信柱の浸水標識が3.9mとあることで理解できた。大人の背の2人分の高さまで水が来たのである。また「魚座」は未だ仮営業の態で、奥の被害跡を見せてもらったがその惨状に驚きかつ心が傷んだ。店の周りは再度の洪水を虞れて空き地だらけ。人吉の中心繁華街がこの有様ならば、仮に肥薩線の復旧や川辺川に流水型ダムが新設されたとしても、九州の小京都と称された元の観光地に戻れるか、現地の人の心配が肌に突き刺さるような一日だった。

2022年06月06日 いくつに見えるか

 以下は女性には理解できない年齢に関する話かも知れない。  ある日のこと、隣のテニスコートでの会話が耳に入ってきた。 女性 「足がよく動きますね。お若いですね。」 男性 「いくつに見えますか?」 女性 「・・・ 67歳ぐらいですか?」 男性 「・・・ 70歳です。」  女性が何気なく褒めたら、男性が年齢を当てるように聞いてきてちょっと困った。多めに言ったら傷つけるし、かと言って思い切り若く言えばわざとらしい。そこで頭をひねって答えたのであろう。

 私にも経験があるからこの状況がよく分かる。男性は実年齢よりずっと若く言ってほしいのである。期待に胸をときめかせ落胆して自分の年齢を伝えたのであろう。ゴルフのプレイ中に、キャディーさんにいくつに見えるかと尋ねることがある。もちろん、若く言ってほしいという下心があってのことだが、大抵はぴったり当てられて聞かなきゃ良かったと悔やむことが多い。自分の顔は自分では決して見ることができないというが、自信過剰だけは止めにした方が無難だ。

 秦の始皇帝が天下統一を果たした後望んだことは不老長寿の秘薬を手に入れることである。徐福という人物に大金を与え秘薬を探しに行かせたが所詮は無理な話だった。かかるように古今東西、若くありたい、若く見られたいというのは人間の永遠のテーマである。しかし自ずと限界がある話だから、ここは諦念して歳相応に精神の大人化をめざした方が良さそうである。

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