芭蕉林通信(ブログ)

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2005年08月01日 苦手な瞑想

熊本の俳句誌「阿蘇」に寄稿したものを転載させていただきます。
落ち着きのない性格を暴露するようで恥ずかしいのですが・・

 大慈禅寺の門を曲がると緑川の土手はもうすぐである。新緑と風渡る川面を思うと車のアクセルを無意識に踏み込むのはいつもの癖である。
 昨年の今頃だったか、ある暑い日に大慈禅寺の座禅会に参加した。新入社員の頃に一度したきりであったからおよそ30余年ぶりの体験である。煩悩を捨てようと大きな志を持って参加したものの、座禅場の板壁に向かってやっと5分もした頃にはこりゃもう駄目だと悟った。いつも詰まらないことはすぐに悟りを開くことができる。
 考えてみれば日常は情報が嵐のように襲ってくる戦場である。仕事柄新聞を毎日5紙、月刊誌を数冊斜め読みし、時報の合図と共にニュース番組にチャンネルを合わせるという精神的に貧しい生活を強いられている。最近記憶力が低下したと悲しく思っていたが、頭脳には記憶の限界がありその限界を越えた情報はオーバーフローするのだと人から慰められた。しかし、眼鏡を額の上にずらしたまま、眼鏡がないと探す自分を絶対に許すことはできない。
 音楽をシャワーのように浴びるという表現があるが、今の私は情報をシャワーのように浴びて生きている。厄介なのは昨日の新聞が今日にはもう古紙に成り下がるように、仕入れた情報の大半が極めて早く無価値になるということである。まるで砂上の楼閣作り、賽の河原の石積みである。
 我が家で線香一本に火を付け消えるまで座禅に挑戦したこともあるが、どうも時間を長く感じる。そこで線香を半分に折り、やっと火が消えるまで座り通すことができた。つくづく私には瞑想の時間は似合わないと思った。そういえば、私のスケジュール帳はいつも真っ黒である。大切な用事がある訳ではない。空欄があると何とかして埋めたくなるからである。この時間貧乏性から早く卒業したいと祈っている。

2005年06月27日 地産地消への挑戦

昨年の九州新幹線開通をきっかけとしてスタートさせた「肥後の赤 薩摩の黒」キャンペーンも一年が過ぎ、新たな取り組みが必要となっています。

幸い熊本の色は赤というイメージができたのはキャンペーンのお陰かなと思うこともあります。地元のサッカーチームの名前もロッソ熊本。ロッソとはイタリア語で赤のこと。太平燕も全国的な製品に成長しました。
ある人は熊本は確かに「火の国」と呼ばれているけれど、名水の多いところは「水の国」でもあると言っていましたが、なるほど多様性のある魅力をこれからもアピールしていかなければならないと改めて感じました。
最近、「南九州格付けガイド」という本が出版されましたが、地元にいて地元の良さと悪さが判別できない私たちには客観的な視点を与えてくれるものとして歓迎したいと思います。その中での対談で出てきた言葉が前述の「水の国」ですが、他の発言としては、地域に期待するのは良いおもてなしではあるが素朴な人間関係も欲しいというものがありました。
確かに地産地消を進めるにあたっては、製品やサービスを提供する際にも全国平均的なものから一歩はずした地域らしさを求めるべきなのでしょう。熊本にとっては九州新幹線全線開通まであと6年間という期間しか残されいませんが、できるだけ多くの名物を世に送り出すよう努力したいと考えています。

2005年06月01日 成人習慣病と趣味

成人習慣病が気になる歳となりました。還暦の祝いに出ますと、昨年までは他人ごとと感じていたのですが、今年の会では自分ももうそろそろかなと思ってしまいました。最近、趣味が体育会系から文化会系に変わってきたのもなんとなく寂しい気がするのですがこれまたしょうがないことと思います。

この間までは自分の会話が健康問題に終始する有様を嘆いていたのですが、そういう心境はとうに通りすぎた感じです。自分にとって重要で真剣な話であるから仕方がないと思うのです。今日も朝から家庭血圧計で測ってみますと、半年前の数値とは随分違うので驚きました。
インターネットで高血圧、予防とキーワード検索をしましたら、随分と知識が増えました。歩かない、飲み過ぎ、太りすぎなどの原因にも納得できました。生活習慣病に挑戦してみようという気になりました。
ところで、テニスやゴルフの腕が一向に上達しないせいか体育会系の趣味にさほどの情熱が持てなくなりました。今は恥ずかしながら文化会系趣味を三つほど始めたばかりです。もっともすこぶる難しいので好きと言える状態ではありません。何が難しいかと言いますと、頭の中身つまり発想を変えねばならないのがなかなかうまくいかないのです。
こんなとりとめもないことを書いてきましたのは、自分自身が戦後の消費社会をリードしてきた団塊の世代の末席に連なっているからです。あと3〜5年もすれば60才の定年を迎える巨大な人口の固まり、我が身を振り返ってもその発想と行動は消費構造に大きな変化をもたらしそうな気がするのです。
その変化をビジネスチャンスに活かせるかがこれからの課題だと思っています。

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